成長を妨げるのは「慢心する気持ち」それ、本当に覚えたの?

キラキラする男性の絵
こんにちは、りうるです。

何かを覚える時、勉強する時、新しいことを学ぼうとする時。
ついついやってしまいがちなのが、「一度覚えたらそれっきり何もしない」こと。

人間は、例え一度「完璧に覚えた!」と思っても、実際は1日、2日、3日…
…と経つごとに、どうしても「忘れてしまう」生き物です。

忘れるからこそ、己を過信せず慢心することなく、時々忘れても、たまに面倒でも
なるべく自分を高めるための意識を持って、日々成長していく。

詳しく見て行きましょう。





自己啓発がくれるものと、注意しておきたいこと




あなたには、こんな経験がありませんか?

新しいことや今までやったことがないことに取り組む時。
例えば、新しく語学の勉強を始めたとします。
最初のうちは、やはり「新しいことを始めた」という高揚感や興奮もあり、
単語や文法を一生懸命に覚えようとしますよね。

新しく物事を覚えられると、やはり感覚的にも「自分の知識量が増えた」
ということがはっきりと感じ取れますし、また一つ賢くなった自分に
「ああ、私ってよく頑張ってるよな~」と自尊心が高まったりして。

そして、1日2日、更に1週間と日を追うごとに、コツコツ勉強して
知識を高める自分、やればやるだけ成果が出る現状に楽しくなって、
更に「新しいこと」を求めて、参考書や文法書をめくる。

「覚えること・覚えられること」そのものが楽しいので、飽きることなく
取り組め、更に望んだ「語学の知識」が得られるので、好循環ですよね。

…と、このように「勉強している最中」はいいのですが、やはり私たちは
人間ですから、機械と違って「疲れる・飽きる」生き物ですよね。

最初のうちはペースを上げて、楽しく頑張れていたとしても、やはりいつしか
面倒になったり、基本作業の繰り返しにマンネリ化して、嫌になることも
ありますね。

だるい男性の絵

更には、一度一生懸命に覚えたことは「もう、完璧に覚えたから大丈夫だろう」と
過信し、慢心してしまう傾向にあります。
もちろん、私もフランス語の勉強や自己啓発書を読んでいて、ついつい
「一度読んだから、もう大丈夫」と「身に付いた気になってしまう」ことが
多々、あります。

特に、自己啓発書に多いのが「一度知識や新たな考え方、価値観を仕入れたら
まるで『神』や『仏』のような気分になって、もう自分は大丈夫!」と
思い込んでしまうこと。

自己啓発を手にするきっかけとして多いのは、やはり「人生につまづいた」
「生き方が分からず、苦しんでいる」などのものですね。私もそうでした。
不登校になり、働くことに悩み苦しんだ末、手にしたのが自己啓発の本。
もしかして、あなたもたくさんの苦しみの末、自己啓発に手を伸ばしたかも
しれませんね。

この自己啓発から得られやすいのは、新たな「考え方」や「価値観、人生観」など
取り入れることで、「(読む前よりも)自分が成長できた」という感覚です。

今まで考えもしなかったことを考え、自分を見つめ、ものの見方を変える。
だからこそ、考え方の幅が広がり、人に対する見方も変わり、器が大きくなる。

そのこと自体に問題はありませんが、しかし「自己啓発に触れるにあたって」
一つ、注意しておきたいことがあります。

それは、「私はもう『分かっている』んだから、大丈夫」と
慢心してしまう危険性を秘めている。…ということです。


満足するのは大事。しかし、そこで「止まってしまわない」




もちろん、全ての人が「そうなる」と言っているわけではありません。

中には、学ぶ意識や高い向上心を持って、今の自分に慢心することなく
「私はもっと伸びていける」と、ご自分を高める努力をおこたらない方も
大勢いらっしゃることでしょう。

特に、自己啓発そのものがいくらか特殊であり、つらい状況を打破する
きっかけとして、手を出すことの多いテーマですから、
必然的に「自分を見つめる」きっかけとなることが多く、自らを
「高める」という前向きで、向上心ある意識を持った方が多いのも頷けます。

しかし、中にはやはり「人よりも特殊な経験をし、多くのことを学んだ」という
実感から、どうしてもまるで世界の全てを知った気になり、
自分の知識や知恵を過信し、慢心してしまう人がいるのも事実です。

その代表的な例が、自己啓発書を一度読んだだけで「すっかり吸収し、
成長した気になってそこで終わってしまう」。

実は、自己啓発に手を出し始め、落ち着いた頃の私がまさにこれでした。

ドヤ顔女性の絵

一度「今まで知りもしなかった、新たな世界に触れて『賢くなった気になる』」
まさに、慢心だらけの「この世界を知ったんだから、私はもう大丈夫」という
根拠のない過信と、妙な自信。

普段は自信がないクセに、ヘンに本を読みかじり続けるとそれだけで
「読んだ気になり、賢くなった気になってしまう」。
「読んだ」という行動をしているものの、実際に「賢くなっている」かどうかは
誰にも判断できませんし、まして「知識が増えた」ことに安心し、
満足して更に「学ぶこと」をやめてしまえば、そこで成長は止まってしまいます。

人間ですから、一度覚えたつもりでもやはり復習しないと忘れます。
マスターしたつもりでも、次に同じ本を目にすれば感じ方も違ってきます。

確かに、「一度学んだ、知識を仕入れた」それも立派な経験であり、行動です。
しかし、たった一度取り入れただけで「できた」気になって、それで満足し
学びの意識を捨ててしまえば、残るのは「覚えた」という過信、慢心だけ。

しかも、一度覚えたと思っても人間の記憶など曖昧だったりしますから、時が
経てばすぐに忘れ、実際は「覚えていないのに、覚えた気になっている」だけ。
こんなこっけいなことはありませんよね。

自信を付け、満足する。そこまではいいとして、慢心せずに今後も学ぶ意欲を
持ち続けるには、やはり「もっと成長していきたい」という、
「自分を伸ばす意志」を自ら持ち続ける必要があるのではないでしょうか。

一度満足したとしても、一旦「自分なら、もっと伸びていけるんじゃないか」と
考えてみる。そして、そのためには「どうしていけばいいか?」を考える。

10の地点までたどり着いたからと、そこで満足して終わってしまうよりも
更なる高み、11以降を目指して日々精進していくからこそ、知らないうちに
高みに上り詰められるし、勝手に1日1日が充実したものになるのだと思います。

そのことに、私は一度自分の「学んだこと」を過信し、かつて学びを止め、
つまずいた経験があるからこそ、「これではいけないんだ」と身に沁みて感じ、
気づくことができました。
そして、過信せず「常に学ぶ人間になろう」と思えるようにもなりました。


一度読んだもの、吸収したことも再度見直すと「新たな発見」がある




例えば一度読んだ本。観た映画やドラマ。教材や、資料。
どんなものでも、「一度見たから」と吸収した気になり、以後一切見ないよりも
時が経ってからまた、もう一度触れてみることで新たな発見があります。

それが何故だか、あなたは理由をご存じでしょうか?

一度読んだ本などは、当たり前ですが「内容が変わる」ことはありませんね。
同じはずの本や映画の内容が変わるなど摩訶不思議な、まるで心霊現象ですし
そういう「物理的なこと」の意味で、新たな発見がある、と言っている
わけではありません。

例えば、私たちは一人一人が今、一生懸命に生きている生身の人間ですよね。

1年前には読んだ本に出てきた、難しい言葉の意味が分からなくても2年後には
知識が増え、読書習慣も身に付いて分かるようになっているかもしれない。
同じように、1年前には全く違う考え方をしていたとしても、2年後には
その頃には考えられないほど、見違えるように成長しまた新たな考え方を
習得しているかもしれない。

私たちは、人間ですから日々考え方や価値観も、過去とは微妙に
変わり続けています。
もちろん、変わらない信念や価値観などもありますが、それでも日々様々な
物事、情報に触れる生活の中で「自分自身さえ知らずに変わっていくもの」が
確かに、ありますよね。

現に、私も引きこもった当初の「自分の考え方、価値観」がどんなだったか、
うまく思い出すことができませんし、それでも一つ確信を持って言えるのは
「今の自分とは、180度違う考え方をしていただろう」ということのみです。

本を読む学者の絵

お分かりでしょうか。
このように、「本や作品そのものは変わらなくても、それに触れる『人間の
ほうが変わる』ことがある」。

だからこそ、一度読んだ本や作品も、「一度読んだから」と書庫の奥のほうに
しまい込むよりも、時折「今の自分自身の価値観、考え方の確認」の意味でも
もう一度触れてみるのも、新たな刺激になり勉強にもなるんですね。

私は、10年間引きこもりとして過ごしてきた中で、自己啓発に触れ色々な
価値観、考え方を吸収し、今思うことがあります。

それは、「今後、私は一体どういうふうに変わっていけるんだろう」ということ。

この、「変化し続ける」ことに気づいた当初の自分の感情は、細かく覚えては
いませんが、恐らく「変わってしまう自分が怖い」という意識も、
少なからずあったように思います。

しかし、その頃からも既に何年か経過し、今改めて思うことは
「変わっていける自分自身に『ワクワクしている』」ということです。

つまり、変化を恐れていたのがいつの間にか変化を「受け入れ、糧にする」ことが
できるようになった、ということですね。

昔は、「変化」が大嫌いで、周りにも自分にも「変わらないこと」を
求め続ける、そんな人間でした。
同い年の活躍は見たくもなかったし、いとこやかつての友達の近況を聞くのが
嫌で嫌で嫌で、たまりませんでした。

ですが、いつの間にか「人と比べて、劣等感を感じる」ことをしなくなりました。

恐らく、私自身が今「なりたい自分」に向かって、1日1日を精いっぱい、
自分なりに進めるようになったからだと思います。
「比べなくても、自分にはちゃんと価値があるんだ」ということに
気づけるようになりました。

だからこそ、変化を恐れなくなった。変わって「成長していける」自分を、
自分自身の目で客観視できるようになった。

「学ぶ意識」さえ忘れないようにすれば、人間はいつの間にか成長し、
変化を恐れず進むことができるようになります。
この「学ぶ意識」を育むきっかけとなってくれるのが、「一度見た作品に
何度でも触れる」ことでもあるんだなと、そう思います。

自己啓発にしても、「一度見たから」と過信して終わるのでなく、時々気が
向いた時にでも、もう一度軽く触れてみるのも、私もあなたもより
成長していける「きっかけ」として、役立ってくれますよ。

では、最後まで見てくださり、ありがとうございました。

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